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2003年06月23日ログ。   

●2003/6/23

 少し長い上に、2日連続NHKの話で恐縮ですが。

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 昨日、NHKこども将棋名人戦の再放送を見た。

 各地区予選を勝ち抜いた、東日本代表2人・西日本代表2人、合わせて4人の小学生によって行われるトーナメント戦。今回で28回目を迎え、過去にはあの羽生善治も優勝したという、由緒ある大会のようだ。

 準決勝の1局目は京都府代表・西田君vs.東京都代表・杉本君。
 試合前のインタビューから両者は対照的だった。寝グセもそのままに、母親が買ってきそうなトレーナーを着て、インタビュアーの質問にも伏し目がちにボソボソと答える西田君。それに対し、カラフルなクルーネックTを着こなし、「自信はあるかな?」と聞かれて「あります!」と物怖じせずに答えちゃうあたり「さすが東京っ子」と思わせる杉本君。
 対局が始まると、両者の御両親にもインタビューが行われた。「西田君の今日の調子はどうですかね?」と聞かれ「いやぁ、私は将棋の事は良くわからないんでねぇ」と、にこやかに答える西田君のお父さん。それに対して「杉本君は『お父さんより自分の方が強い』なんて言ってましたが、どうなんですか?」と聞かれて、フンと鼻で笑うように「僕より弱かったらあそこには出られないですよ」と答える杉本君のお父さん。自身もアマ二段を有する将棋好きだとか。そうか、杉本君はサラブレッドだ。途端に浮かび上がる「エリートvs.雑草」の構図。こうなると俄然、京都の西田君を応援してしまう。頑張れ西田君。俺は君を心から応援する。しかし、俺の応援も届かず99手でエリート杉本君が勝利し、決勝へと駒を進める。

 準決勝の2局目は青森県代表・工藤君vs.岡山県代表・菅井君。かなり拮抗した勝負になったが、辛くも工藤君が勝利。

 そしていよいよ決勝戦。東京都代表・エリート杉本君vs.青森県代表・工藤君。
 決勝の舞台に臨む杉本君、どうも準決勝の時と何か違う。よく見ると、さっきのクルーネックTの上にデニムのシャツを羽織っている。

 

 衣装替えか。

 

 お色直しか。2ポーズ目か。決勝進出は予定通りか。選ばれし者の余裕。ここまで来ると今まで押さえてきた感情が一気に噴き出してくるのを感じる。エリートへの憎しみ。俺は下品な人間だ。あの瞬間、心から杉本君の敗北を願ってしまった。

 勝負は序盤から大駒が飛び交う派手な局面。小学生らしいキビキビした手筋と、小学生とは思えない老練な一手が交差する。一進一退の攻防。前半は杉本君が少し優勢に見えたが、たった一手のミスが響き徐々に工藤君が押し戻していく。勝負は長期戦となり、そして。

 杉本君は、敗れた。

 悔しさに顔をゆがませる杉本君。しかし、涙をこぼさないよう必死でこらえる。エリートたる者、涙など見せないという確固とした意志。彼は12歳にして既に、自らの立場を知り、それを受け止めている。小学生ながら見事という他ない。

 だが、解説の森内名人が対局を1手目から詳細に振り返り、「あそこで杉本君は5八金、としたけど、もし同じ場所に銀を打ってたらどうだったかな?銀を打とうとは思わなかった?」と問いかけた時だった。杉本君は絞り出すような声で「思いました」とつぶやく。そして少しの間をおいて、もう一言。
 「金を…打った後に……」

 そう言った杉本君の目から、ずっと堪えていた大粒の涙がこぼれ落ちた。
 将棋エリートの杉本君ではなく、普通の小学6年生の姿だった。エリートとして生きてきた者が、挫折を知り、さらに大きく成長して行く。2時間の番組に凝縮された人生の縮図。彼は、きっといい棋士になる。杉本君を今は心から応援できる。荒んだ心に暖かい風が吹いた。そんな昼下がり。

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 ここでひとつ謝らなければならないことがある。

 実は、後半が全部ウソだ。本当はエリート杉本君が、決勝でも圧倒的な強さで勝利を収めた。実際に放映されたのは、エリートが雑草を蹴散らして日本一の座に輝くという当然の結末だった。
 けれどもそれじゃあんまりだ。雑草側の俺は夢を見ることすら許されないのか。残酷な現実を残酷なまま視聴者の眼前に放り出す、こども将棋名人戦。そこに現れるドキュメンタリーの本質。日曜の昼間からガツンとやられた。やっぱりNHKから目が離せない。

 ちなみに、将棋のルールは良く知らない。

 



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